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奈良地方裁判所 昭和36年(ワ)10号 判決 1964年5月18日

原告 伊藤満 外一六五名

被告 奈良県

主文

原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告らの申立

「被告は、原告らに対し別紙原告請求金額欄記載の金員およびこれに対する各訴状送達の翌日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

主文第一、二項同旨。

第二、主張

一、原告らの請求原因

(一)  原告らはいずれも奈良県内の公立学校教育公務員として原告目録記載のうち原告伊藤満以下原告田中正子までの四〇名は少くとも昭和三〇年九月二日以降昭和三一年七月一日までの間、原告田中富士夫以下原告神橋利治までの六九名は少くとも昭和三〇年一〇月二八日以降昭和三一年六月三〇日までの間、原告飯田富興以下原告小林ヨシヱまでの二七名は少くとも昭和三〇年一二月一一日以降昭和三一年六月三〇日までの間、原告松村寛二、同木原思聞、同宇賀神博の三名は少くとも昭和三一年一月一一日以降昭和三一年六月三〇日までの間、奈良県立高等学校その外同県内の公立学校に勤務していたものであり、被告は地方公共団体として原告らに対し給与(宿日直手当を含む)の支払義務を負うものである。

(二)  原告らは昭和三〇年九月三日以降昭和三一年六月三〇日までの間各自の勤務校においてそれぞれ別表宿日直回数欄に各記載のとおりの回数、平日宿直、日直、土曜直の各勤務をしたが、平日宿直については一日につき金一八〇円、日直については金二八〇円、土曜直については金三二〇円の割合で各前月分をその支払期日である翌月二一日に被告から支給を受けたのみである。

(三)  しかしながら、地方公務員法第二四条第六項第二五条第一項によれば、地方教育公務員の給与は条例で定められるべきであるところ、奈良県においては昭和三一年七月一日までは宿日直手当支給に関する条例は制定されておらず、右条例未制定の間の宿日直手当は地方公務員法附則第六項により「なお従前の例による」ものとされ、その従前の例は旧教育公務員特例法第三三条に基づく同法施行令第一一条に「公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例による。」と定められているので、結局これによるべきである。ところで国立学校の教育公務員の宿日直手当は一般職の給与に関する法律第一九条の二に基づく人事院規則九―一五第二条により「宿日直一回につき金三六〇円(五時間未満の場合は金一八〇円)」と定額が定められている。

なお土曜直については昭和二八年二月一八日、文人給第二六号「宿日直手当の取扱について」として文部省大臣官房人事課長より各国立学校長、各所轄機関長宛に通牒が発せられており、その(4)に「なお学内運営上から宿直勤務又は日直勤務の時間を規定している場合は、土曜日又はこれに相当する日において、退庁時から引続いて行われる場合であつても、宿直勤務の開始される時まで日直勤務を命じ、二回の勤務として取扱うことは差支えない。」となつており、国立学校においては、学内運営上宿直勤務又は日直勤務の時間を規定している場合は、土曜直で二回の勤務とすること、従つて金五四〇円を支給することも可とされており、現にそのように取扱われていたものであるからその例により支給されるべきである。

(四)  従つて、原告らは平日宿直については差額金一八〇円(金三六〇円と支給を受けた金一八〇円との差)、日直については差額金八〇円(金三六〇円と支給を受けた金二八〇円との差)、土曜直(土曜日直、宿直を含む)については差額金二二〇円(金五四〇円と支給を受けた金三二〇円との差)の各未支給金についてこれが受給請求権を有するところ、その請求しうる金額はそれぞれ勤務した回数に応じ、別表請求金額欄記載のとおりである。

(五)  従つて原告らはそれぞれ被告に対し別表請求金額欄記載の金員およびこれに対する本件各訴状送達の翌日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

二、被告の答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実は認める。

(三)  奈良県においては昭和三一年七月一日まで原告主張の条例が制定されなかつたこと、条例未制定の間は地方公務員法附則第六項により「当該地方公共団体については、なお従前の例による」ことになつていることは認める。

しかしながら、奈良県においては昭和三一年七月一日の条例が定められるまでの間は、昭和二四年四月一日から公立学校職員の超過勤務手当支給規則(昭和二四年一一月奈良県教育委員会規則第七号)第四条に定める額が支給されていたものであつて地方公務員法施行後もその従前の例によつたものである。

しかも、右教育委員会規則は次のとおり旧教育委員会法(昭和二三年七月一五日法律第一七〇号)に基づいたものである。

すなわち、同法第四条第一項に「教育委員会は、従来都道府県若しくは都道府県知事または市町村若しくは市町村長(特別区の区長を含む)の権限に属する教育、学術および文化(教育という、以下同じ)に関する事務、並びに将来法律又は政令により当該地方公共団体および教育公務員の権限に属すべき教育事務を管理しおよび執行する。」と定められ、また同法第四九条には、「教育委員会は、第四条に定める権限を行使するために左に掲げる事務を行う。」とあり、その事務として第六号に「教育委員会および学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること」第一〇号に「教育委員会規則の制定又は改廃に関すること」が規定され、更に同法第五三条第一項には「教育委員会は、法令に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し教育委員会規則を制定することができる。」こととなつている。

奈良県教育委員会は右旧教育委員会法に従い職員の任免その他の人事に関することを行う権限を有するをもつて当然職員の任命、免職、給与その他の身分取扱いに関する事務を処理するものであるから同法に基づく奈良県教育委員会規則で公立学校職員の超過勤務手当支給に関し定めたものである。

1、原告らの主張する旧教育公務員特例法第三三条および同法施行令第一一条に基づく「国立学校の教育公務員の例による。」というのは、その基準を示したもので必ずしもこれと同額を支給する義務を各府県等に負わせているものではない。

現行の教育公務員特例法第二五条の五によれば「公立学校の教育公務員の宿日直手当等の給与の種類およびその額は、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を基準として定めるものとする。」と規定されていることから考えても条例制定の前後によつてその解釈を二、三にすべき理由は存在しない。

2、憲法第九二条によれば地方公共団体の組織および運営は地方自治の本旨に基づき法律で定めることとなる。そして地方自治の本旨とは、地方団体に独立性と自主性を保障することにあることは解釈の一致するところである。

従つて、地方公共団体の独立性、自主性から各地方公共団体はそれぞれ地方の実状に従い、財政力その他の事情を異にする以上その職員に対する給与が画一でないことは当然のことであり、前記地方公務員法第二四条、第二五条による条例においても地方公共団体の意思により自由にその額を定めうるもので現に各府県等において定められた条例もその事実を示しているし、右条例制定までの各府県の支給の実情も各府県の財政の都合で画一ではなく、自由に定める額が支給されていたことからも原告ら主張のように人事院規則九―一五第二条に定める額と同一でなければならないということではない。

なお土曜直に関する原告らの主張は争う。

土曜直については人事院細則九―一五―一第一条は、「土曜日又はこれに相当する日に退庁時から引続き宿直勤務を命ぜられた場合は、その勤務は一回の勤務とする。」となつており、原告ら主張の文部省大臣官房人事課長よりの通牒も土曜日等において宿直勤務の開始される時まで日直勤務を命じ、更に宿直勤務の開始される時あらためて宿直勤務を命じた場合は日直の分と宿直の分とを併せて金五四〇円を支給しても差支えない旨の通牒で、土曜日において二回に分けて発令しなければならない意味ではない。

(四)  請求原因(四)の主張は争う。

(五)  仮に被告の以上の主張が容れられないとしても、原告らの本件請求権は労働基準法第一一五条に基づき二ケ年間これを行使しなければ時効により消滅するものと解すべきところ、原告らの本件請求訴訟はいずれもすでに二ケ年経過後に提起されたこと明白であるから、原告らの請求権はすでに時効にかかり消滅しているものというべきである。

(六)  以上いずれの点によるも原告らの請求は棄却されるべきである。

三、被告の主張、抗弁に対する原告らの反駁

(一)  地方公務員法附則第六項にある「従前の例による」とは法令の制定改廃があつた場合に、ある事柄については新法令または改正後の法令の規定によらず旧法令または改正前の規定を依然として適用するという趣旨を表わそうというときに用いられる用語であることから、本件では旧教育公務員特例法第三三条、同法施行令第一一条の規定を適用すべきこととなるのである。

1、右施行令第一一条の「国立学校の教育公務員の例による」ことの解釈は次の見地にたつてなされるべきである。

イ、「例による」という用語の解釈については、大別して二つの見解が考えられ、一は「包括準用」他は「包括適用」と解するものであるが、本件についてはいずれに解しても結果は異ならない。

これを現行教育公務員特例法第二五条の五の「基準として定めるものとする」といつた明らかに別な法律用語と同視するのは誤りである。

ロ、原告らの身分上の沿革を考える必要がある。

すなわち公立学校の教育公務員は、明治憲法下はもとより終戦後も教育公務員特例法が制定されるまでは官吏たる身分を保有していたのである。昭和二二年四月地方自治法の制定により、公立学校の教育公務員は、地方公共団体の長の補助機関として取扱われ、一応地方公共団体の職員となつたが(同法第一七二条、第一七三条)、暫定的にはなお官吏の身分を保有し、当分の間その取扱も従来の例によることになつていた(附則第八条、地方自治法施行規程第六九条)。その後昭和二三年七月教育委員会法が制定され、地方自治法第一七三条が改正され、教育吏員は地方公共団体の長の補助機関から教育委員会の所管に移つた(教育委員会法第九四条)が、教育委員会法は教員の身分取扱については別に教育公務員の任免等に関して規定する法律が定められるまでの間は、なお従前の例によることとして官吏の身分を保有させていた(教育委員会法第九五条)。その後教育公務員特例法が制定された昭和二四年一月にはじめて教育委員会法第九五条が削除され(教育公務員特例法第三四条)、公立学校の教育公務員は地方公務員としての身分を有することとされたのである(教育公務員特例法第三条)。

このような沿革のもとでは、暫定的には、その直前まで官吏とされていた公立学校の教育公務員の宿日直手当と国立学校の教育公務員と同一にしておくことがむしろ自然であり合理的であつたのである。

ハ、従つて教育公務員特例法施行令よりも下級段階の法令で、国立学校の教育公務員の例によらないような措置をとること、たとえばそのような趣旨の条例、教育委員会規則を制定したり、または行政処分をなしたとしてもそれらはいずれもこの施行令に違反する限度で無効である。

仮に前記施行令第一一条の「国立学校の教育公務員の例による」という文言を「基準として定める」とよむ見解をとつたとしても、本件のように金三六〇円をその半額の金一八〇円とするのは「基準として定めた」ものとはいえず、やはり違法である。

2、公立学校の教育公務員の宿日直手当を国立学校のそれと同一にしている措置はあくまで経過的、暫定的且つ補充的なものであるから憲法第九二条には違反しない。

被告は条例で国立学校のそれと異なる定めをしようと思えば、何時でもできたのであつて、それを敢えて行わなかつたために法に基づき国立学校と同一に扱われるだけであるから何ら地方自治の本旨に反しない。

(二)  被告は原告らの請求権はいずれも二年の時効により消滅したというが理由がない。

1、国家公務員の給与請求権についてみると国家公務員については労働基準法の適用がなく、会計法第三〇条の適用があつて消滅時効は五年であることは異論がない。

2、労働基準法の適用のない特別職の地方公務員の場合も右と異らない。

3、本件原告らのような一般職の地方公務員の場合は、労働基準法第一一五条の適用が地方公務員法によつて除外されていない結果、右労働基準法の規定は、会計法第三〇条にいう「他の法律」に該り、同法第三〇条の適用がないという見解は、法律の解釈、適用を誤るものである。

すなわち、労働基準法はその第一条第二項に明示するとおり最低の労働条件を定めるにすぎないものとして制定されているものであるから、他になんらの法の定めがない場合、又は、単に消滅時効を一年と定めるにすぎないような同法所定の期間以下の定めしかない場合には同法の適用をみることは明白であるが、これとは逆に労働基準法の定め以上に労働者にとつて有利な法律の規定が存しそれを適用することが合理的な理由がある場合は、その法律を適用するのが当然であつて、本件の場合単に労働基準法第一一五条があるからということだけで会計法第三〇条の適用を除外すべきものではない。

原告ら一般職地方公務員に対しては、前記労働基準法第一条第二項の規定が適用されるばかりでなく、国家公務員、特別職地方公務員と原告ら一般職地方公務員との間に給与請求権の消滅時効について特段の差異を設ける合理的理由は全くなく、かえつて右差異は、国家公務員と地方公務員との間の承応均衡の原則、平等の原則に反するものである。

4、本件原告らの給与請求権は、公法上の債権であつて、この場合会計法第三〇条にいう「他の法律」とは、公法上の債権債務に関して規定された法律一般を指称するものというべきである。

宿日直手当請求権は給与請求権の一種であることは明らかであり、公法上の請求権であることについても異説はない。

従つて本件のような公法上の債権関係については、消滅時効にかかるとすれば会計法第三〇条所定の五年であつて、その性質上、民法の特別法である労働基準法第一一五条の適用をうけるものではない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告らは、いずれも奈良県内の公立学校教育公務員として各自の主張する期間、その主張するように公立学校に勤務していたものであり、被告は地方公共団体として原告らに対し給与(宿日直手当を含む)の支払義務を負うものであることは、当事者間に争いがない。

二、原告らがその主張する期間各自の勤務校においてその主張どおりの回数、平日宿直、日直、土曜直をなし、平日宿直については一日につき金一八〇円、日直については金二八〇円、土曜直については金三二〇円の割合で各前月分をその支払期日である翌月二一日に被告からそれぞれ支給を受けたことは、当事者間に争いがない。

三、本件において争いがある地方公務員の給与に関する条例が未制定であつた間の宿日直手当支給の法的根拠について検討する。

昭和二五年一二月一三日公布された地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)のうち昭和二六年二月一三日から施行された同法第二五条第一項には「職員の給与は、第二四条第六項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。」とあり、前同日から施行された同法第二四条第六項には「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」と規定されている。ところが、奈良県においては右条例は昭和三一年七月一日から施行されたもので、前記地方公務員法の各法条が施行された昭和二六年二月一三日以降右条例施行の日までは地方公務員法第二四条第六項にいう条例は存在しなかつた。ところで、前記地方公務員法はその附則第六項に、「職員の任免、給与、分限、懲戒、服務その他身分取扱に関する事項については、この法律中の各相当規定がそれぞれの地方公共団体に適用されるまでの間は、当該地方公共団体については、なお従前の例による。」とし、条例制定までの空白をふさぐ意味で経過規定を設けている。

そこで右附則第六項にいう「従前の例」とは何かということについて検討されなければならない。

従来官吏であつた公立学校の教育公務員は、昭和二二年五月三日施行された地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一七三条によつて地方公共団体の長の補助機関となり、給与については同法第二〇四条第二項により条例でこれを定めなければならぬこととなり、同法附則第九条により「ヽヽヽヽヽ地方公共団体の長の補助機関たる職員ヽヽヽヽヽの分限、給与、服務、懲戒等に関しては、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまでの間は、従前の規定に準じて政令でこれを定める。」こととされ、同日施行の地方自治法施行規程(昭和二二年政令第一九号)第五五条第二項で「都道府県の吏員の給料その他の給与については地方自治法第二〇四条第二項の規定にかかわらず官吏の俸給その他の例による。」こととなつたのである。

その後昭和二三年七月一五日施行の教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)により地方教育公務員は教育委員会の所管に移つた(同法第九四条、但し本条は昭和二三年一一月一日から施行)が、同法第九五条は「その身分取扱については別に教育公務員の任免等に関して規定する法律が定められるまでの間は、なお従前の例による。」こととし、給与については同法第六八条により「地方自治法第八章に規定する地方公共団体の長の補助機関たる職員の給与に関する規定を準用する。」ことになつた。

更に昭和二四年一月一二日施行された当時の教育公務員特例法(昭和二四年法律第一号)第三一条によつて地方教育公務員は当該地方公共団体の公務員に身分を移され、同法第三三条で「別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間は、政令で特別の定めをすることができる。」ものとし、同日教育公務員特例法施行令(昭和二四年政令第六号)を制定し、その第一一条で「公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例による。」ことにし「従前の例による。」という規定の仕方と区別して暫定的にではあるが、取扱を画一化したのである。

このときの国立学校の教育公務員の宿日直手当は昭和二四年一月一日から施行された政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律(昭和二三年法律第二六五号)第二一条により超過勤務手当として支給されており、公立学校の教育公務員の宿日直手当もこの法制度によることになる。

そうすると、少くとも昭和二四年一月以降前記地方公務員法の公布施行の日まで公立学校の教育公務員の宿日直手当は法制上国立学校の教育公務員の例によりそれと同一の取扱をすることにしていたが、地方公務員法附則第六項により、それをそのまま従前の例として被告県の条例で宿日直手当に関する規定が設けられるまで、適用されることになつたと解するのが相当である。

四、被告県は、奈良県においては、当時の教育委員会法第四九条第六号に教育委員会の事務として「教育委員会および学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること」と規定され、同法第五三条第一項で、「教育委員会は法令に違反しない限りにおいてその権限に属する事務に関し教育委員会規則を制定できる。」旨の規定に基づいて昭和二四年四月一日から公立学校職員の超過勤務手当支給規則(昭和二四年一一月奈良県教育委員会規則第七号)を定め、その第四条に定める額が宿日直手当として支給されていたもので、前記地方公務員法施行後もそれを従前の例として取り扱つた旨主張するが、賃金に属する宿日直手当の額および支給方法は、その性質上条例をもつて定められるべきものであつて、行政機関にすぎない教育委員会の規則をもつてしてはこれを定めることができないものと解するのが相当であり、前掲の教育委員会法第六八条に「地方自治法第八章に規定する地方公共団体の長の補助機関たる職員の給与に関する規定を準用する。」と規定するのもこの趣旨を明定したものと解される。そうすると、教育委員会に与えられた同法第四九条第六号にいう「人事に関する事務」とは、具体的な人事に関してなされる任免その他の身分取扱に関する事務をいい、一般的抽象的な給与額(宿日直手当をも含む)の決定権(いわゆる給与表の決定権)は教育委員会に与えられていなかつたと解するのが相当であるから同法第五三条第一項を根拠にして被告主張のような教育委員会規則を制定することは許されず、従つてこれを根拠に宿日直手当を支給することは許されないものといわなければならない。

加うるに教育公務員の給与に関して、被告県主張の前記規則制定当時は勿論、その以前においても前記のように地方自治法および教育公務員特例法自身が政令で特別の定をなすことを認めた以外に教育委員会規則に委任したと認めうる規定はなく、教育公務員特例法施行令第一一条は前記のとおり「公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例による。」として地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間、取扱を画一化したことが明らかである。

従つて地方公務員法施行当時の「従前の例」とは、当時の教育公務員特例法第三三条、同法施行令第一一条しかないわけである。

五、他方国立学校の教育公務員の宿日直手当は、昭和二七年一二月二五日から施行された一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律(昭和二七年法律第三二四号)によつて第一九条の二が追加されたため、同条に基づき昭和二八年一月一日から人事院規則九―一五が適用(施行)されることになり、同規則第二条には、「宿日直勤務一回につき金三六〇円(ただし五時間未満の場合は金一八〇円)」と定められたので、国立学校の教育公務員は同日以降右金額によつて宿日直手当の支給を受けることになつた。

そうすると、さきに述べたように公立学校の教育公務員は、国立学校の教育公務員と同一に取扱われるのであるから昭和二八年一月一日からの宿日直手当についても右人事院規則の適用をみるものといわなければならない。

六、被告県は、原告らの主張する施行当時の教育公務員特例法第三三条および同法施行令第一一条に基づく国立学校の教育公務員の「例による」というのは、現行教育公務員特例法第二五条の五にあるように基準を示したもので必ずしもこれと同額を支給する義務を各府県等に負わせているものではない旨主張する。

しかし現行教育公務員特例法第二五条の五は、前記施行令第一一条のような経過規定ではなく、地方公務員法第二四条第六項に基づき条例をもつて給与の種類、その額を決定する場合の基準を規定したものであつてその立法趣旨を異にするものである。

次に被告県は、憲法の保障した地方自治の精神から被告県が公立学校の教育公務員の給与などについて自由にその額を定めうるもので現に各府県等において定められた条例もその事実を示しているし、右条例制定までの各府県の支給の実状も各府県の財政上の理由から画一でなかつた旨主張する。

憲法が保障した地方自治の精神から、被告県が独自の立場で原告らの宿日直手当の額を決めることが望ましいことは疑いない。地方公務員法第二四条が「職員の給与などは条例で定める」とし、その条例によつて各府県等が現教育公務員特例法が定めた基準の範囲内で自由にこれを定めることが認められ、現にそのようになつているのは、右の趣旨によるものである。しかし、本件で問題となつているのはそれに至る経過措置の問題であつて、過渡的に被告県等の恣意を防止するため公立学校の教育公務員の給与などを国立学校の教育公務員のそれと同一に取扱うことも立法技術的にやむをえなかつたと解さざるを得ず、地方自治の精神から前記施行令第一一条を訓示規定と解することはできない。速やかに条例を制定することこそ地方自治の精神に添うものであつたというべきである。

また条例制定までの各府県の実状が画一でなく、且つ国立学校の教育公務員のそれと同一に支給されていないからといつて前記施行令第一一条が訓示規定であると解することはできない。

七、次に原告らは土曜直について土曜日直手当と宿直手当分を求め、その根拠として昭和二八年二月一八日付の文人給第二六号の通牒をあげている。しかし右通牒はこの点について「二回の勤務として取扱うことは差支えない。」としているにすぎないし、奈良県下の公立学校において土曜日の宿直の別に土曜日の日直の勤務を命じられていたとの事実については立証がないのであるから、むしろ人事院細則九―一五―一第一条にいう「土曜日又はこれに相当する日に退庁時から引続き宿直勤務を命ぜられた場合は、その勤務は一回の勤務とする。」旨の規定が適用されると解するのが相当である。

また国家公務員については昭和三七年一〇月一日から土曜直は金四二〇円(昭和二八年一月二九日人事院規則九―一五第二条)とされているが、この場合においても原告ら主張のような日直手当と宿直手当分を合せたものとは性質を異にしているのであるから、原告らが主張する当時においても土曜直を原告ら主張のように構成することは相当ではない。

従つてこの点についての原告ら主張の土曜直法定支給金額が金五四〇円である旨の主張は理由がない。

八、以上の次第によつて原告らを国立学校の教育公務員と同一に取扱うとすれば、原告ら地方教育公務員に対しても国立学校の教育公務員と同様五時間以上勤務したときは、一回につき金三六〇円を支給すべきである。

しかるに前記のように原告らは、平日宿直一回につき金一八〇円、日直一回につき金二八〇円、土曜直一回につき金三二〇円の割合で支給を受けていたものであることは当事者間に争いがないのであるから右国立学校の教育公務員が受けるべき金三六〇円との差額は未払ということになる。

九、最後に被告県が主張する時効の抗弁について判断する。

昭和三八年法律第九九号による一部改正前の地方自治法第二三三条には「普通地方公共団体の支払金の時効については、政府の支払金の時効による。」とあり、会計法第三〇条は「金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、五年間これを行わないときは、時効により消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」と規定している。

ところで右会計法第三〇条の「他の法律」とは、私法、公法を問わず、会計法以外の他の一切の法律を指し、時効に関し、他の法律に規定ある場合には、同条の適用を排除したものである。労働基準法も勿論同条にいう「他の法律」に該当し、「他の法律」とは公法に限り労働基準法は含まれないとの原告らの主張は採用することはできない。

而して労働基準法は一般的に公務員をもその対象としている(同法第八条、第九条)ので問題は被告県主張の労働基準法第一一五条が原告ら地方教育公務員に適用があるか否かにかかるわけである。

国家公務員については国家公務員法第一次改正法律附則第三条で「別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神にてい触せず、且つ同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において、労働基準法および船員法並びにこれらに基く命令の規定を準用する。」と規定されており労働基準法第一一五条が国家公務員法の精神にてい触せず、且つ同法に基づく法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しないかどうかについて検討の余地を残すけれども、地方公務員については地方公務員法第五八条第一項には「労働組合法および労働関係調整法並びにこれらに基く命令の規定は、職員に関して適用しない。」ことを明言しながら、同条第二項では労働基準法のうち特定の規定のみその適用を除外している。このことは文理解釈上同法が原則として地方公務員法の適用をうける一般職の地方公務員(本件原告らのような地方教育公務員をも含む)に適用されるものと解すべきで、賃金等の請求権の時効に関する労働基準法第一一五条は適用を除外されていないからその適用をうけると解さざるを得ない。

この解釈は、特別職の地方公務員については会計法第三〇条の適用があつて、その給与の消滅時効は五年になると解さざるを得ない点から著しく不公平であるとの批判を受けることになるであろうが、それは立法によつて解決すべき問題であつて、これによつて現行法の解釈を左右することは困難である。

原告らは、労働基準法の立法趣旨からも、また国家公務員や特別職地方公務員と原告ら地方公務員との間の承応均衡の原則、平等の原則からも適用がないと主張する。

しかし、明文をもつて除外するものを規定している条文につき、更に原告らの主張するような解釈ないし原則によつて除外するものを加えることは法解釈上相当ではない。

してみれば原告らが本訴において請求する宿日直手当は労働の対価として支払わるべきもので労働基準法第一一条にいわゆる賃金に該当するから、その請求権は同法第一一五条により二年間これを行わないときは時効により消滅するものと解すべきである。

一〇、原告らは、昭和三〇年九月以降昭和三一年六月三〇日までになした宿日直手当の支払を求め、原告らのうち最も早く訴を提起したもの(原告目録記載の原告伊藤満以下同田中正子までの四〇名)ですら昭和三五年九月二日に、その他の原告らは同日以後に当裁判所へ訴状を提出していること本件記録上明白であるから、原告らの請求権は前記支払期日よりいずれも二年以上を経過し、本訴提起当時すでに時効により消滅していたものというべきである。

一一、よつて原告らの請求はいずれも失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 藤井俊彦 鎌田泰輝)

(別表)

原告氏名

宿日直回数

原告主張の法定支給金額(円)

既支給済金額

(円)

原告債権額

(円)

原告請求金額

(円)

平日宿直

日直

土曜直

伊藤満

二、七〇〇

一、四〇〇

一、三〇〇

一、三〇〇

石原寛三

一、四四〇

七二〇

七二〇

七二〇

出原逆雄

一、九八〇

一、〇四〇

九四〇

九四〇

乾谷正義

五四〇

三二〇

二二〇

二二〇

上田弥喜夫

一、四四〇

七二〇

七二〇

七二〇

(以下一六一名省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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